【Yahoo!ニュース特集最新記事】「自衛隊が来て与那国は…」配備受け入れの背景にあった島の現実

日本最西端の島・与那国に陸上自衛隊が配備されて2年。長きにわたり住民たちが賛成・反対で分断された島の今を追いました。

 

自衛隊配備による"表面上の"最大の変化は人口増加だった。住民税の増加などによる自治体収入も改善された。島も活性化された。それは間違いない。だが「なぜ与那国島が自衛隊受け入れに至ったのか」その"背景"こそが大事だと思った。今回取材に行ったのは、国防や脅威論で語られる自衛隊配備からは見えない、島の現実を知るためだった。そして文字通り、打ちのめされることになった。

  

本土に住む人間として、真っ先に驚くこと。それは「外国が怖いから自衛隊を受れ入れた」という住民たちがほぼ皆無だということ。むしろ与那国の人たちにとって、海は豊かな交流と文化を運ぶ存在であり、決して脅威によって分断される境ではなかった。

 

1972年の日本復帰前、米軍施政権下という特殊な体制下の沖縄では、台湾との交流が盛んに行われた。特に戦後から始まった密貿易時代には、与那国島は台湾や中国、沖縄、本土との橋渡し役として大変な盛り上がりをみせたという。人口は一時2万人にものぼったという逸話もあるほどだ。それもそのはず。台湾までは約100kmという近さだ。天気のいい日には、海峡にはそびえ立つ台湾の島影が浮かぶ。島の高齢者たちに話を聞けば「若い頃は台湾で出稼ぎをしたよ」と目を爛々と輝かせて語る。沖縄本島よりも、台湾の方が身近。台湾の花蓮市と姉妹都市協定を結ぶのも、このような歴史的、文化的背景があるからだろう。

  

そんな与那国がなぜ自衛隊を受け入れたのか。

そもそも、何のために?

 

自衛隊受け入れの最大のきっかけになったのは、小泉政権下で行われた地方交付税の大幅カットだったという。歯止めのきかない高齢化と人口減。深刻化する町財政。さらに追い討ちをかけるような交付税のカット。「このままでは自治体がもたない。」その危機感から自衛隊受け入れとなったという。


「自衛隊がくれば産業が活性化する」「自衛隊がくれば若者が島に戻ってくる」など、自衛隊神話がどんどん増えていった。自衛隊さえ来てくれれば、島の課題は綺麗に解決してもらえるかのように。

   

2015年、自衛隊配備の賛否を問う住民投票が行われた当時、沖縄の放送局の報道記者として取材をしていた私は、自衛隊配備受け入れを選んだ人たちを「賛成派」とレッテル一枚を貼って終わらせることはどうしてもできなかった。賛成票を入れたというおじいちゃんの「与那国の経済を助けてくれるなら、自衛隊じゃなくてもよかった」と語った言葉が忘れられなかった。「島の将来のためには賢い子どもを育てないといけない。だから教育に力を入れた。でも賢い子どもは島には戻ってこない」と語った男性の言葉も忘れられなかった。

  

同時に、与那国への自衛隊配備を「脅威論」を根拠に語る在京メディアにも大きな違和感を感じていた。「国境」に暮らす人たちが「怖くない」と言っているのに、「怖い怖い」と叫び続けるマスコミや本土の住民たちの間の温度差は計り知れないものがあった。だが、与那国の人たちが抱える苦しみが全国に伝わない理由もまた、与那国と本土の間に防波堤のように立ちはだかる「脅威論」とそれが生み出す思考停止のためでもあったと思う。

 

そのギャップは、今回の取材でも顕著だった。インタビューを受けてくれた與那覇有羽さん(32)は自衛隊配備に賛成票を投じたが、国防や抑止力のためではなかった。むしろ、賛成票を投じたからこそ、島にあるもので自活できる道を自ら模索している。手作りの民芸品。島で歌い継がれて来た民謡。与那国でしか、与那国の人々でしか生み出せない土地の力で、生きていこうとしている。

そこには「賛成派」「反対派」というあまりに簡素なカテゴリー化からは溢れ落ちてしまう、生身の人々の現実があった。  

    

一方で、賛成・反対で分断された小さなコミュニティーの傷は残ったままだ。

自衛隊配備に反対していた人たちに思いを聞けば、「島の経済は自衛隊ではなく、自分たちの力で回復させるべきだと思った」「何も知らないうちに配備の話がどんどん進んでいくのがおかしいと思った」などの声が上がった。だが、家族や親戚の繋がりが深い島社会では、もはや自衛隊について語ることすら難しい環境が出来上がってしまっていた。黙るしかない。駐屯地ができてしまった今、複雑な思いを胸にしまったまま生活するしかない。それが島の人たちの本音だった。

  

しかし、島の人たちの思いとは全く別の次元で南西諸島への自衛隊配備計画は進む。与那国にはレーダー基地、石垣・宮古にはミサイル基地、沖縄本島には補給拠。さらには米軍の辺野古新基地…「国防」の名の下に進む軍事施設の強化がどんな未来へと繋がろうとしているのか、それについては私の共同監督作品であるドキュメンタリー映画「沖縄スパイ戦史」で描いたのでぜひご覧頂きたい。

  

「もしも自衛隊以外に解決策があれば…」と取材中、なんども住民たちに質問した。それはまた、私自身への自問でもあった。自衛隊配備は私たちの税金で行われている、私たちの問題だ。与那国という小さなコミュニティーの問題ではない。その背景にあるのが、地方切り捨ての現実ならば、なおさらである。

   

本当に問われるべきは、過疎地の苦しみを見放して来たこの国の体質だ。根本的な問題を直視しない限り、またこの国のどこかでループは無限に続く。国策に頼らないと暮らしが成り立たない地域が示す現実こそ、この国の姿なのだと思う。

 

インタビューに登場する与那国の漁師のおじいの言葉は、おそらく日本国民みんなに向けられているのだ。

 

Hanayo Oya's Website

フリーランスジャーナリスト ドキュメンタリー映画監督 大矢英代のウェブサイトです。 1987年千葉県出身。元琉球朝日放送記者。早稲田大学ジャーナリズム研究所招聘研究員 / 映画「沖縄スパイ戦史」(共同監督・2018年7月全国公開)/『テロリストは僕だったー沖縄基地建設反対に立ち上がった元米兵たち』『この道の先にー元日本兵と沖縄戦を知らない私たちを繋ぐもの』(2016年)等制作

0コメント

  • 1000 / 1000